僕とくるま


青い空が好きです。
公園が好き、海が好き、山が好き、野原が好き。
だがら僕は、遊ぶことが好きです。
でも、遊びに行くときはいつもお母さんが「気をつけなさい」って言う。
どうして?おまわりさんもいるし、消防署の人だっている。
なのになんで危ないの?ぼくにはわからないよ・・・。
どうしてなの?







ある日のある町のある公園で、一人ボールを蹴っている男の子がいました。
その子はヨウタくんと言って、まだ4才の男の子です。
ヨウタくんはとてもサッカーが好きで、今もうまくなろうと一生懸命練習しています。
壁に向かってボールをえいっ!っと蹴っています。
サッカーの練習に夢中になって帰りが遅くなり、いつもお母さんに怒られてばかり。
だから今日はボールを蹴る回数を決めて帰ることにしているようです。

「5回・・・4回・・・3回・・・2回・・・よしっ!あと1回だ!」

ヨウタくんは最後の一蹴りは勢いよくしようと、いっぱいいっぱい力をためてボールを力強く蹴りました。



ダンッ!!コロコロコロコロ・・・



「あっ!ボールが!!」


勢いよく蹴ったボールは、力が強いあまりヨウタくんのところに帰らずそのまま道路の方に転がっていきました。
ヨウタくんは必死になってボールを追いかけました。
ボールは道路を越えて、公園の向かいにある歩道まで行きました。
ヨウタくんの目にはボールしか見えていません。
ヨウタくんはそのまま道路へ飛び出そうとしていました。
あぁ、なんて危ない!!ヨウタくんはボールに集中するあまり、道路を走っている車に気付いていません。
その車はすぐには止まれない勢いのスピードで、一直線にヨウタくん目掛けて走っています。
そんな時でした。


「危ないよっ!!そこで止まりなさいっっ!!」


突然誰かが怒鳴りつけ、ヨウタくんはそれにびっくりして道路に飛び出す手前で立ち止まりました。
立ち止まったと同時に、ビュンッ!っとヨウタくんの前をさっきの車が通り過ぎたのです。


「ほら、今車が通っただろう?あのまま君が飛び出していたらあの車に轢かれていたんだよ?」


ヨウタくんはびっくりしながらも、声のする方を向きました。
まわりには人の姿が見えなくて、ただあったのは家の前に止まっている真っ赤な車でした。
ヨウタくんはその車をじっと見詰め、しぶしぶ話しかけました。


「くっ・・・くるまさん?」

「そうだよ。僕は自分自身が車だから、自分がどれ程の力を持ってるか知ってるんだ。
もしあのまま君が道路に飛び出していたら、もう二度とお母さんやお父さんには会えなくなっていたよ?
お母さんやお父さんに会えなくなるのは嫌だろう?」

「うん・・・嫌だ・・・」

「だったら、道路があるところではまず右と左を確認するんだよ?
それで車が来ていないかを確かめてから道路を渡るんだ。でも、道路を渡るのが怖かったら
大人の人に言うんだ。次からは気をつけるんだよ?」

「わかった・・・気をつけるよぼく!」

「うん。素直でいい子だ!君、名前は?」

「ヨウタ!!」

「ヨウタくんか。毎日サッカーの練習頑張ってるね!君はきっと上手になるよ!」

「本当に!?」

「あぁ、本当さ!とりあえず今日はもう帰りなさい。お母さんが心配するよ?」

「わかった!ばいばいくるまさん」

「ばいばい」


ヨウタくんは車に向かって何度も手を振りながら家に帰っていった。
このときのヨウタくんの顔は、「車とおしゃべりができた!」という喜びの顔だった。


「お母さんお母さん!!ぼく、車とお話したよ!!」


ヨウタくんは家に帰って早速お母さんにその喜びを伝えました。
お母さんは少し驚いた顔をして、しばらくしてにっこりと笑いこう言いました。


「そう、よかったわね!」

「うん!明日も話してくるね!!」


そのときのヨウタくんは、本当に嬉しそうでした。
ヨウタくんは次の日も、また次の日もあの車に会いに行きました。
サッカーの話をしたり、他愛もない話をしたり、どんどん仲良くなっていきました。
そんなある日のこと、ヨウタくんは車にこう聞きました。


「そういえばくるまさん、くるまさんのお名前ってなぁ〜に?」

「ぼくの名前かい?そんなのはないよ。ぼくはただの『くるま』さ。」

「じゃぁぼくがお名前を考えてあげる!」

「本当かい?」

「うん!!えっとね・・・えっとね・・・・・・くるまさんは真っ赤だから『あか』さん!!」

「『あか』さんって・・・そのままじゃないか!『あか』・・・『あか』か・・・うん、いいね!」

「じゃぁ今日からあかさんだよ!!」

「うんっ、ありがとう!」


ヨウタくんは、自分が一生懸命考えた名前を車が喜んでくれてとても嬉しく思い、
車は、自分自身に自分だけの名前をもらって嬉しく思っていた。
二人はお互いに笑い、それはまるで兄弟のように・・・とてもとても笑っていた。
でも、そんな日々は突然と終わってしまったのである・・・。








その日はとても晴れていた。
ヨウタくんはボールを持って、あの公園へと、あかさんに会いに行こうとしていた。


「あかさん今日も元気かな!」


期待を胸に、ヨウタくんはいつの間にか走り出していた。
目がとても輝いて、万遍な笑みで、あかさんのところへ行った。


「あかさぁ〜ん!!・・・・あかさん?」


しかし、いつもの家の前にいるはずのあかさんは今日はいなかった。
毎日この場所で同じ時間、あかさんは必ずいた。
なのに今日は居なかった。
ヨウタくんはあまりものショックにボールを落とし、どこへ行くわけでもなく走り出した。
もちろん、「あかさん!!」っと叫びながら──・・・。
ヨウタくんはあかさんを探しに行った。
一生懸命名前を呼んだ、一所懸命走った。
お母さんとも来たこともない道を、ただただひたすら走っていた。
次第に涙が溢れ、声も小さくなり、とうとう泣き出してしまった。


「あかさぁーん!!あかさぁーん!!・・・あかさ・・・あかさん・・・」


涙を何度も何度も拭ってあかさんの名前を呼び、足を止めることなく探し続けた。
一生懸命だからこそ、また一点しか見ていなかった。
一生懸命だからこそ、気付いていなかった。



「だったら、道路があるところではまず右と左を確認するんだよ?
それで車が来ていないかを確かめてから道路を渡るんだ。次からは気をつけるんだよ?」



ヨウタくんは、道路に出てしまっていた・・・。


「ヨウタくんっっ!!」

「あかさん・・・?」


その時、ヨウタくんの目の前は真っ暗になった。










『・・・タくん・・・ヨウ・・・ん・・・ヨウタくん』

『あか・・・さん?』

ヨウタくんが目を開けると、目の前にはあかさんがいた。
いつものような真っ赤なボディ。優しくヨウタくんに声をかけるあかさんの姿。


『あかさん!!どこ行ってたの!?ぼく一生懸命探してたんだよ!!』

『うん・・・知ってるよ?ありがとうね、ヨウタくん。』

『また一緒におしゃべりしようよ!!』

『その前にヨウタくん、ぼくは君をもう1度怒らなきゃいけない。
道路を渡るときはどうするんだった?』

『えっ?右と左を確認するんだよね!!』

『そう・・・しっかり覚えてるんじゃないか。ぼくを探してくれていたとき、それはちゃんとしてたかい?』

『あっ・・・忘れてたかも・・・』

『どんな時でもそれは忘れちゃいけないよ?わかった??』

『ごめんなさい・・・今度からは絶対に忘れないから!!』

『素直でいい子だ!・・・ヨウタくん・・・ありがとうね。』

『ん?何が?』

『ぼくに名前をくれて・・・本当にありがとう。楽しかったよ』

『照れるじゃない・・・そんなことよりあかさん!早く遊ぼう!!・・・あかさん?』

『・・・ばいばい、ヨウタくん』

『あかさん?待ってっ!まだ遊んでないじゃない!あかさんっ!!』










「ヨウタ!!」

「・・・おかあ・・・さん?」

ヨウタくんの目に映ったのは、泣いているお母さんの姿とお父さんの姿だった。
あたりを見渡すと、そこは病院の一室だった。

「ぼく・・・どうしたの?」

「もうっ!!心配かけて!!あなた交通事故に遭ったのよ!!なんで道路なんかに飛び出したの!!
死んじゃったらどうするの!?バカッッ!!」

ヨウタくんのお母さんは、わが子をしっかりと抱き締めました。
お父さんはヨウタくんが目覚めたことに安堵し、更に涙が溢れて来たがそれを拭い去り
お医者さんのところへ言いに行きました。


「・・・あかさん・・・?・・・・お母さんっっ!!あかさんは!?あかさんはどうしたの!?
あかさん消えちゃったの!!どこに行ったかわからないの!!」

「ヨウタ落ち着いて!!あかさんって誰?・・・お母さんにはわからないけど、元気になったらそのあかさんに会いに行きなさい。
今は安静にしなきゃダメよ!!」

「う・・・・うん・・・」


今のヨウタくんは、不安でいっぱいでした。
元気になってから会いに行くだなんて我慢できない、今すぐ会いたい。
そんな思いでいっぱいでした。
それから数週間、怪我は骨を折るなどの重体には至らぬものだったので思っていた以上に早く退院することが出来ました。
骨はまだくっついておらず、ギプスをはめていたけど、ヨウタくんはあかさんに会いに行きました。


「あかさん元気かな?心配してるかな?」


そんな思いを抱いて、ヨウタくんは公園にたどり着きました。
しかし、そこにはまたもやあかさんは居ませんでした。


「あかさん・・・またいない・・・なんで?」


ヨウタくんは悲しみでいっぱいでした。
いつもあかさんがいる家の前を見詰めながら、ただただ立ち尽くすばかり。
そんな時、家の中から男の人が出てきました。
その男の人はヨウタくんの姿を見て、びっくりした様子で近付いて来ました。


「きっ・・・きみっ!!」

「えっ!?」

「ヨっ・・・ヨウタくんだよね!!よかったぁ・・・元気になったんだね!!」

「えっ・・・えっ?」

「ごめんね・・・おじさんの不注意で・・・君を車で撥ねてしまったんだ・・・本当にごめんね・・・。
生きていてくれてありがとう・・・。」


男の人はヨウタくんの前でボロボロと泣き出し、その場に崩れ落ちた。
ヨウタくんはお母さんから何も聞かされていないので、何がなんだかさっぱりわからなくなっていた。
でも、ヨウタくんは1つだけどうしても聞きたいことがあった。


「・・・おじさん・・・あのお家の人?」

「そっ・・・そうだよ・・・」

「おじさんのあかさん・・・くるまさんはどこ?」

「あの車はね・・・もうダメになっちゃったんだ・・・。君を避けるのに必死になってハンドルを切ってね・・・。
電柱に激突したんだ。」

「壊れ・・・ちゃったの?」

「そうだよ・・・車はなくなっちゃったけど・・・君の命があるからおじさんはいいんだ・・・。
本当に・・・・・・本当にすまない・・・。」













あの時僕は、おじさんの・・・大伴さんの目の前で大泣きをしたことを今でも覚えている。
大伴さんは緊張の糸が切れて泣き出したと思っていただろうが、そんなことで泣いてはいない。
あの時、道路に飛び出した僕を撥ねたのはあかさんで・・・意識がなくなる最後に聞いたのはあかさんの声で・・・。
目を開けたときに目の前のあかさんは、僕との最期の会話をするために来たんだと気付いて・・・。
僕を助けるために、あかさんが変わりに死んじゃったんだって・・・思ったからだ。
あれからどれくらいの年月が経ったのだろう・・・今考えたら明らかに非現実的だし、おとぎ話の世界だ。
でも僕の記憶にはちゃんのあかさんの思い出が詰まっている、残っている・・・。
今僕は、警察官となり主に交通を担当している。
今日本では交通事故が多発している。
どれもドライバーの不注意や思い込みでの操作がために起こった事件ばかりだ。多くの命も失っていることも事実。
僕は誰も悲しまないように、もう二度とあかさんのような車が現れないように努力している──・・・。
でも時々・・・真っ赤な車を見ると泣いてしまうんだ・・・。
あかさんを思い出してしまって・・・泣いてしまうんだ・・・。

「こら君たち。道路の傍で遊んでいたら危ないよ?」

「ごめんなさい・・・おまわりさん・・・」

「いいかい?もし、君たちの持っているボールが道路に転がっていってしまうだろ?
そしたらすぐにそのボールを追いかけちゃダメなんだ。 道路があるところではまず右と左を確認して、
それで車が来ていないかを確かめてから道路にあるボールを取りに行くんだよ。
でも、それでも怖かったら大人の人に言ってとってもらおうね。」



Fin





◎あとがき◎
この作品は、読んで頂いた通り「交通事故」がテーマです。
なんでこのような作品を書いたかというと、
風見しんごさん著、『えみるのランドセル』を読んだからです。
この本は丁度私が免許を取ろうと教習所に通っている時に読んでいただけに
すごく親近感は沸いて・・・。
「教習所の学科授業で色々と習ってるのに・・・」とかすごく悲しくなったんです。
この本の最後の方に
「交通事故を0に・・・みなさんのご協力をお願いします」
っという風に書いていたんです。
この文を見て、私もなにか協力したい。
そう思い書いたのがこの「ぼくとくるま」です。
みなさんの心に何か残るものがあれば幸いです。